つもの三太のセリフである。
「三太、信吉、準備は宜しいな」
「へえ、抜かりはおまへん」
「それでは、開けなさい」
いつもなら、この号令をかけてドッカとお帳場机の前に腰を下ろすのは旦那の亥之吉であるが、今朝も店に亥之吉の姿はなかった。三太は店の木戸を開け放すと、表通り左右を見て客の姿が無いのを確かめると振り返って番頭に話かけた。
「だんさんの帰りが遅おますなァ、卯之さんを送って行ってもう半月にもなりまっせ」
「旦那さまは、忙しいお方ですから、序に方々回っていなさるのでしょう」
奥から旦那の女房のお絹が顔を出した。
「糸の切れた凧みたいに男二人がふらふらと羽を伸ばしていなさるのやろ」
番頭は身分を忘れて、お絹に苦言を呈した。
「おかみさん、店先で旦那様をそのように仰ってはいけません、三太も聞いていることですし」
三太が割って入った。
「そうだす、だんさんはともかく、卯之吉さんは真面目な男です、おっ母ちゃんや妹のことを心配して、女遊びなどしていません」
「だんさんはともかく、て何だす、仮にもお前の主人で師匠だすやろ、それに誰が女遊びと言いました」
「へへへ、だんさんはスケベだすから…」
番頭が慌てて三太を嗜めた。
「旦那様のことをスケベとは何です、仮に旦那様がどうしょうも無いスケベであるとしても、奉公人が言うことではありません」
「番頭はん、ちょっと待ちなはれ、どうしょうも無いスケベとはなんてことを言うのです」
「済みません、仮にですから…」
三太は得意顔で番頭に言った。
「番頭さんは、いつも心でそう思っているから、つい出てしもたのだすなぁ」
「あんさんは、いつも旦那のことをそんな風に見てなさるのか」
お絹が問い糺した。
「いえいえ、決して」
三人で、わあわあ言っていますとお客が入って来たので、三人一斉に笑顔になった。
こちらは鵜沼の卯之吉の実家である。卯之吉は縞の合羽を回し掛けて三度笠を被り、飛び出して行こうとしたのを亥之吉が止めた
mask house 面膜 好用。
「卯之吉待て、お前のことは、このわいが全財産を投げ打っても護ってみせる」
「兄貴には迷惑ばかりかけていますが、今度ばかりはそうもいきません」
「わいは堅気の商人やさかい兄弟の杯こそ交わしていないが、親の血を引く兄弟よりも、堅い契りの義兄弟やないか
mask house瘦面」
「歌の文句ですか?」
「あほ、この時代にこんな歌があるかい」
「おふくろ、お宇佐、この亥之吉兄いがきっと悪いようにはしないと思うからな」
「勝手に決めつけやがって、わいは知らんと言えば、どうする気や」
「兄いは、そんな人じゃない」
「どついたろか、それにわいはお前より一ヶ月遅く生まれとるのや、勝手に兄いにしやがって」
「それなら、元に戻って、親分後を頼みます」
「待て、待て、待てちゅうのに、このまま番所に駆け込んだら、代官所に連れていかれてお裁きもせずに即刻首を落とされるのやで」
お宇佐が、「わっ」と泣き伏した。卯之吉のおふくろも、お宇佐に覆い被さって嗚咽した。
「大丈夫や、わいにはもう一人義兄弟みたいなお人が信濃の国に居なさる」
亥之吉は、吉田藩のお抱え医師で、頼り甲斐のある男、緒方三太郎のことを言っているのだ。この男は、江戸の町人の子供で、ある長屋に住んでいたが、四歳のおりに母は家出をして、父に捨てられた。その子を拾ったのが当時の佐貫三太郎、今の水戸の診療院および緒方塾の医師緒方梅庵である
mask house 好唔好 。